2013年10月13日
「いわき市視察の報告④~仮の町」
こんにちわ!フクシマいわきプロジェクトの松本です。
四ツ倉で昼食をすませた後、植田町にある仮設住宅にお邪魔させていただき、自治会町の斎藤さんにお話を伺いました。
斎藤さんとは電話でしかやりとりをしたことがありませんでしたが、電話口から想像していた通り、おだやかで優しい雰囲気の方でした。

今回お邪魔させて頂いた南台自治会では、原発近くの双葉町からいわき市に避難されている方が生活しています。
斎藤さんのお話の中で印象に残ったことは、東京電力や政府の対応に関することです。その話の中で、地元住民をないがしろにするのではなく、誠実に対応してほしいとおっしゃっていました。斎藤さんをはじめ、自治会に入り、双葉町から避難されている方たちは、怒りだけではなく、きちんとした説明や対策を示してほしいといった気持ちのほうが大きいのではないのかと思いました。

住んでいる地域から離れて生活せざるを得ない状況は私にはなかなか想像し難いですが、実際に訪問することでそこに住む方たちの気持ちが少し分かりました。
帰り際には斎藤さんが飼っている大きな犬を見せて頂きました。
四ツ倉で昼食をすませた後、植田町にある仮設住宅にお邪魔させていただき、自治会町の斎藤さんにお話を伺いました。
斎藤さんとは電話でしかやりとりをしたことがありませんでしたが、電話口から想像していた通り、おだやかで優しい雰囲気の方でした。
今回お邪魔させて頂いた南台自治会では、原発近くの双葉町からいわき市に避難されている方が生活しています。
斎藤さんのお話の中で印象に残ったことは、東京電力や政府の対応に関することです。その話の中で、地元住民をないがしろにするのではなく、誠実に対応してほしいとおっしゃっていました。斎藤さんをはじめ、自治会に入り、双葉町から避難されている方たちは、怒りだけではなく、きちんとした説明や対策を示してほしいといった気持ちのほうが大きいのではないのかと思いました。
住んでいる地域から離れて生活せざるを得ない状況は私にはなかなか想像し難いですが、実際に訪問することでそこに住む方たちの気持ちが少し分かりました。
帰り際には斎藤さんが飼っている大きな犬を見せて頂きました。
2013年10月11日
いわき市視察の報告③〜四ツ倉
こんにちは!フクシマいわきプロジェクトの北村です。
Jヴィレッジ周辺を視察したあと、私たちは 国道6号線と海水浴場に隣接する 道の駅 よつくら港 で昼食をとりました。

よつくら港は3.11で被災したため営業を一時休止しましたが、被災した建物の一部を利用して2011年4月16日より直売所のみではあるものの土・日曜日に限り再開、そして2012年8月11日に建物を一新した交流館がリニューアルオープンしました。
よつくら港到着後、真っ先に目に入ってきたのは海でした。

この日は天候が優れず海水浴場は閑散としていましたが、晴れた日には賑わいをみせていたようです。
建物の柱にはたくさんのタイルが並べられていました。

1枚1枚に絵や言葉が描かれてありました。被災された方の生々しいメッセージや前向きなもの、感謝を表すメッセージなどさまざまな思いがこのタイルに描かれてありました。
建物内にはおおきな凧が飾られていました。

お待ちかねのお昼。私は海鮮丼をいただきました。

とても美味しかったです。
よつくら港は海のすぐそばに位置しており、津波の被害はたいへん大きかったと思います。しかし3.11を全く感じることなく美味しい海鮮丼をいただくことができました。
復興とは建物を元通りに戻すことではなく、そこにお客さんが来て、楽しんでもらえることだと思います。景色がきれいで、海鮮丼もとても美味しいので、機会があればぜひ足を運んでいただきたいです。
長々とありがとうございました。 続きを読む
Jヴィレッジ周辺を視察したあと、私たちは 国道6号線と海水浴場に隣接する 道の駅 よつくら港 で昼食をとりました。
よつくら港は3.11で被災したため営業を一時休止しましたが、被災した建物の一部を利用して2011年4月16日より直売所のみではあるものの土・日曜日に限り再開、そして2012年8月11日に建物を一新した交流館がリニューアルオープンしました。
よつくら港到着後、真っ先に目に入ってきたのは海でした。
この日は天候が優れず海水浴場は閑散としていましたが、晴れた日には賑わいをみせていたようです。
建物の柱にはたくさんのタイルが並べられていました。
1枚1枚に絵や言葉が描かれてありました。被災された方の生々しいメッセージや前向きなもの、感謝を表すメッセージなどさまざまな思いがこのタイルに描かれてありました。
建物内にはおおきな凧が飾られていました。
お待ちかねのお昼。私は海鮮丼をいただきました。
とても美味しかったです。
よつくら港は海のすぐそばに位置しており、津波の被害はたいへん大きかったと思います。しかし3.11を全く感じることなく美味しい海鮮丼をいただくことができました。
復興とは建物を元通りに戻すことではなく、そこにお客さんが来て、楽しんでもらえることだと思います。景色がきれいで、海鮮丼もとても美味しいので、機会があればぜひ足を運んでいただきたいです。
長々とありがとうございました。 続きを読む
2013年10月10日
「いわき市視察の報告②〜Jヴィレッジ」
こんにちは!フクシマいわきプロジェクトの井上です!
この記事では、いわき訪問1日目に訪れた福島県のJヴィレッジについてまとめたいと思います。
いわき合宿初日、薄磯地区に到着してから、バスに乗って薄磯地区からJヴィレッジがある方に向かいました。

ジェイ・ヴィレッジは、1997年に開設されたスポーツ施設。日本サッカー界初のナショナルトレーニングセンターでもあります。福島県浜通り南部、双葉郡の広野町と楢葉町に跨がって立地しています。
サッカートレーニング施設としては日本最大規模で、日本サッカー協会 (JFA) 、公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)、福島県、東京電力などの出資で設立された(株)日本フットボールヴィレッジが運営管理していました。
2011年3月15日から2013年6月30日の間、福島第一原子力発電所事故に伴い、スポーツ施設としては全面閉鎖し、国が管理する原発事故の対応拠点となっていました。
復興へ向けた動き
JFAはJヴィレッジを再び利用するとしており、日本オリンピック委員会や日本体育協会およびJFAは当該施設を含めた被災地のスポーツ施設を元に戻すよう国に要望しています。これに国際サッカー連盟(FIFA)も資金提供をするとしています。

自分は小学校からサッカーをしていましたが、Jヴィレッジのことはあんまりわかりませんでした。しかし、実際に行ってみて、サッカーの施設であんなに充実した設備のあるところは滅多にないと思いました。なので、今のような作業服を着た人しかいないというのはあまりにも勿体無いし、寂しい気持ちになりました。
Jヴィレッジに向かうまでに通った街並みも今では立ち入り禁止区域で誰もいないぬけがらの街を見てあまりに現実的ではなかったので驚きを隠せませんでした。
なので、もうらあんな悲惨な状況を見るのは嫌なので一日でも早く復興し、元のJヴィレッジや街並みに戻って欲しいと思いました。
あの場所に行かないと分からないこともあるけれど最低限のことは他のみんなにも伝えることができると思うので頑張って自分のできることをしていきたいです。
この記事では、いわき訪問1日目に訪れた福島県のJヴィレッジについてまとめたいと思います。
いわき合宿初日、薄磯地区に到着してから、バスに乗って薄磯地区からJヴィレッジがある方に向かいました。

ジェイ・ヴィレッジは、1997年に開設されたスポーツ施設。日本サッカー界初のナショナルトレーニングセンターでもあります。福島県浜通り南部、双葉郡の広野町と楢葉町に跨がって立地しています。
サッカートレーニング施設としては日本最大規模で、日本サッカー協会 (JFA) 、公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)、福島県、東京電力などの出資で設立された(株)日本フットボールヴィレッジが運営管理していました。
2011年3月15日から2013年6月30日の間、福島第一原子力発電所事故に伴い、スポーツ施設としては全面閉鎖し、国が管理する原発事故の対応拠点となっていました。
復興へ向けた動き
JFAはJヴィレッジを再び利用するとしており、日本オリンピック委員会や日本体育協会およびJFAは当該施設を含めた被災地のスポーツ施設を元に戻すよう国に要望しています。これに国際サッカー連盟(FIFA)も資金提供をするとしています。

自分は小学校からサッカーをしていましたが、Jヴィレッジのことはあんまりわかりませんでした。しかし、実際に行ってみて、サッカーの施設であんなに充実した設備のあるところは滅多にないと思いました。なので、今のような作業服を着た人しかいないというのはあまりにも勿体無いし、寂しい気持ちになりました。
Jヴィレッジに向かうまでに通った街並みも今では立ち入り禁止区域で誰もいないぬけがらの街を見てあまりに現実的ではなかったので驚きを隠せませんでした。
なので、もうらあんな悲惨な状況を見るのは嫌なので一日でも早く復興し、元のJヴィレッジや街並みに戻って欲しいと思いました。
あの場所に行かないと分からないこともあるけれど最低限のことは他のみんなにも伝えることができると思うので頑張って自分のできることをしていきたいです。
2013年09月10日
いわき市視察の報告①~薄磯地区
こんにちは!
フクシマいわきプロジェクトの吉村です!
この記事では、いわき訪問1日目に訪れた福島県いわき市の薄磯地区についてまとめたいと思います。
いわき合宿初日、8月6日の朝にいわき駅に到着してから、バスに乗ってまず薄磯地区へと向かいました。
30分ほど走り、バスが海沿いへ近づくと津波の被害を受けた民家や草で荒れた建物の跡がだんだんと見えてきました。

薄磯地区は東日本大震災の津波によって大きな被害を受けた地域です。
震災当時約300世帯800人ほどが暮らしていた地区ですが、津波によってこの地区の集落のほぼ全域が浸水しました。
その爪痕は震災から2年半経ってもまだ深く残っています。
私は今年初めていわき市を訪問しましたが、この津波によって何もかもが流されてしまった景色を見てとてもショックを受けました。
バスから降りて少し散策しましたが、どこを見てもアスファルトの基礎部分があるだけで、とても震災前にたくさんの家族が暮らしていたとは想像もできない殺風景な景色が広がっていました。しかしよく見ると、プラスチックや陶器の破片や、ハサミやキャスターなど、確かに人が生活をしていた跡も残っていて、震災前にここで生活していた人は今どうしているのかと考えるだけでとても胸が苦しくなるような場所でした。
ですが、去年もここを訪れた先輩方の話によると、去年まではここにがれきが積み上げられていたとのことだったので、復興は少しずつですが進んでいるようです。
また人がここで暮らせるようになるにはたくさんの時間がかかるかもしれませんが、整備が進み、この辛い風景がすこしでも早く安心して暮らせる場所に戻れるように私も応援したいと思いました。
最後に全員でこの場所に手をあわせました。

いわきに来てこの景色を見て、プロジェクトに対してまだまだ浮ついていた気持ちが引き締まったように感じます。
福島で多くのことを学んで、関西の人たちにこの現状を伝えなければと強く思いました。
合宿最初にこの場所を訪れることができて本当によかったと思います。
11月に行う物産店ではここで感じたことや見たものをたくさんの人に伝えられるように頑張りたいです!
2013年09月06日
いわき市視察の報告~はじめに
こんにちは!
フクシマいわきプロジェクトの山川です。
私たちは、8月6~10日に福島県いわき市を訪問しました。
メディアなどでは知ることができなかった、震災から2年半がたった被災地の現状を見ることができました。そして、被災地から遠く離れた関西の人々にも伝えていかなければならないと思いました。
これから、私たちが現地で見聞きし、考えたことを訪問したメンバー全員でブログリレー形式で皆さんにお伝えしていきたいと思います。
訪問時の時系列に沿って、以下のような順に紹介したいと思います。
メンバーひとりひとりが感じた被災地の「今」を、皆さんにも感じていただけたら嬉しいです。
フクシマいわきプロジェクトの山川です。
私たちは、8月6~10日に福島県いわき市を訪問しました。
メディアなどでは知ることができなかった、震災から2年半がたった被災地の現状を見ることができました。そして、被災地から遠く離れた関西の人々にも伝えていかなければならないと思いました。
これから、私たちが現地で見聞きし、考えたことを訪問したメンバー全員でブログリレー形式で皆さんにお伝えしていきたいと思います。
訪問時の時系列に沿って、以下のような順に紹介したいと思います。
8月6日
薄磯地区
Jヴィレッジ周辺
四ッ倉
仮の町
7日
童謡館
夜明け市場
鮮場
東日本国際大学
8日
とまとランドいわき
丸又蒲鉾
語り部さんのお話
平七夕まつり
9日
スパリゾート・ハワイアンズ
日々の新聞社
町歩き
総括
薄磯地区
Jヴィレッジ周辺
四ッ倉
仮の町
7日
童謡館
夜明け市場
鮮場
東日本国際大学
8日
とまとランドいわき
丸又蒲鉾
語り部さんのお話
平七夕まつり
9日
スパリゾート・ハワイアンズ
日々の新聞社
町歩き
総括
メンバーひとりひとりが感じた被災地の「今」を、皆さんにも感じていただけたら嬉しいです。